
・・・って、年明けてから何日経ってんだー!! って感じですよね。
すみません。
年末年始は、ブダペストに買い物に行ったものの、あとはダラダラと家で過ごしてました。
おかげで11月の病気で3kg痩せたのに、4kg増。
典型的正月肥りです。
スロヴァキアは今年から通貨はユーロに変わります。
そうそう、結局スロヴァキアコルナからユーロ切り替えについて、
16日までは両方の通貨が使え(でもお釣りはユーロ)、その後今年いっぱいは
銀行で紙幣交換ができるそうです。
なので、お店では16日までスロヴァキアコルナとユーロの両方で支払えるように
しなくてはいけないのです。
まぁ、レジはボタン1つでskもユーロも表示されるので問題ないんだけど
skでもらってユーロでお釣り・・ってのは以外と大変みたい。
某オーストリア系スーパーのあるレジで、前に並んでたお兄さんがskで支払おうとしたら
「Nie!!」 (←ダメって意味)
ってレジのおばちゃんに言われてショボンとしてました。
私の番になって、私はユーロで支払い。
ユーロって細かいコインがいっぱいあって結構大変なんですよ。
特に1セントなんてちっちゃ!
お札+コインで出したら、コインは「Nie!!」だって。
このNieおばちゃん、腹立つわ~
。skでの支払いだけど、16日までの間に店側が拒否したら法律違反になって
かなりの罰金なんです。
このおばちゃん、面倒だからって、ホントに・・!
このおばちゃんのところには並ばないように気をつけようと思った、もももでした。
さてさて、1月1日。
ユーロ導入を祝ってなのか、たっくさんの花火がそこら中であがりました。
はい、そこら中です。
道路や駐車場。
学校のグラウンドや、アパートのベランダから、たっくさんの打ち上げ花火が
あがりました。
←あっ、これはロケットだった。アパートの窓から見てたんだけど、何百か所??
とにかくすごいのよ。
みんな打ち上げだから、音もすごい。
まるで戦争みたいだったよ。 ドカン! ドカン!! って。
朝6時近くまであがってました。
極寒の今年のヨーロッパ、皆さんお疲れ様です。^^
極寒状況はまた次回お伝えします。
では、皆さん
今年もよろしくお願いいたしますー。

先日、近くのスーパーに家族で買い物に行きました。
主人と娘がお菓子コーナーで物色している間、私は違うところでジャム探し。
すると、ひとりの背の高い男性が私の方に向かってきたんです。
なに? 何か用ですか?
そんな気持ちでその人をみてたら、突然着ていたジャンパーを開けました。
そして私の目をジーーッとみながら、手に持っていたハムの塊のような、
たくさんのリンゴのような赤っぽい物体を、ジャンパーの内ポケットにいれたのです。
!!
ビックリですよ。
そう、万引きです。
この不景気ですし、いろんな事情はあります。
なので私は店員に言うつもりはなし。
きっと彼も、このアジア人なら言葉も通じないし大丈夫だろう、と思い
あえて私側をむいておこなったのでしょう。
でもね。
でも、何も私の目の前でしなくてもいいんじゃない?
何もしらずにやってきた主人と娘に、今の出来事を話しました。
ちょうどそこに、入口に向かって早歩きする万引き男性を奥の方に発見。
「あの人だよ。」
すると主人はいきなりダッシュ!
なに!? なんで !!??
主人はその男性の腕を掴み、何か言っているようです。
たぶんスロヴァキア語じゃなくて、英語で。
私と娘は驚きながらも遠くから、その男性を放っておくように主人に叫びました。
娘も「パパ、やめて!!」と。
近くにいたスロヴァキア人女性も何事?という顔。
ほどなく主人は私たちのところに戻り、男性は外へ逃げて行きました。
主人の手には、大きなハムの塊。
「あいつ、こんなのだけ渡して逃げてった」
はい?
あの人が盗んだのはコレなので、コレだけ出すでしょう。
・・・・・。
つまり主人は、私のバッグから男性が財布を盗んで逃げた、と勘違いしたのです。
思いっきりおっちょこちょいです。
「私、財布盗まれたなんて、一言も言ってないよ。」
「そうだよ。ママはそんなこと全然言ってない!」
ただのハムだと知った主人は、自分の行動に反省。
そりゃそうです。
外に商品を持ち出したわけでもない。そう、まだ店の中ですし。
それにとても危険なことをしたのです。
男性がいったん家に戻って、刃物や銃を持って再度仕返しにやってくる可能性があります。
これは大げさではなく、通常で考えられること。
そしてたまに起きていることです。
それからはソソクサと買い物を済ませるものの、そばにいたスロヴァキア人女性は
状況が呑み込めたらしく、店員に報告。
セキュリティの方々が来店です。
(私たちはさっさと車に向かいました)
このこと以来、娘はこのお店に行きたがりません。
近くて1番便利なのに、あの男性が仕返しにくるかもしれない・・
そう思うと怖くて仕方ないのです。
「パパのせいで、あのお店に行けなくなっちゃったじゃん」
勘違いとはいえ、主人も気の毒ですよね。
私は、顔も覚えられていて一層怖いですけど、近くて便利なので行ってます。^^;
車で。
店を出てから車に乗るまではメチャ早いですよ~。
一応の用心は必要ですからね。
いやいや、びっくりしました。
主人と娘がお菓子コーナーで物色している間、私は違うところでジャム探し。
すると、ひとりの背の高い男性が私の方に向かってきたんです。
なに? 何か用ですか?
そんな気持ちでその人をみてたら、突然着ていたジャンパーを開けました。
そして私の目をジーーッとみながら、手に持っていたハムの塊のような、
たくさんのリンゴのような赤っぽい物体を、ジャンパーの内ポケットにいれたのです。
!!
ビックリですよ。
そう、万引きです。
この不景気ですし、いろんな事情はあります。
なので私は店員に言うつもりはなし。
きっと彼も、このアジア人なら言葉も通じないし大丈夫だろう、と思い
あえて私側をむいておこなったのでしょう。
でもね。
でも、何も私の目の前でしなくてもいいんじゃない?
何もしらずにやってきた主人と娘に、今の出来事を話しました。
ちょうどそこに、入口に向かって早歩きする万引き男性を奥の方に発見。
「あの人だよ。」
すると主人はいきなりダッシュ!

なに!? なんで !!??
主人はその男性の腕を掴み、何か言っているようです。
たぶんスロヴァキア語じゃなくて、英語で。
私と娘は驚きながらも遠くから、その男性を放っておくように主人に叫びました。
娘も「パパ、やめて!!」と。
近くにいたスロヴァキア人女性も何事?という顔。
ほどなく主人は私たちのところに戻り、男性は外へ逃げて行きました。
主人の手には、大きなハムの塊。
「あいつ、こんなのだけ渡して逃げてった」
はい?
あの人が盗んだのはコレなので、コレだけ出すでしょう。
・・・・・。
つまり主人は、私のバッグから男性が財布を盗んで逃げた、と勘違いしたのです。
思いっきりおっちょこちょいです。
「私、財布盗まれたなんて、一言も言ってないよ。」
「そうだよ。ママはそんなこと全然言ってない!」
ただのハムだと知った主人は、自分の行動に反省。
そりゃそうです。
外に商品を持ち出したわけでもない。そう、まだ店の中ですし。
それにとても危険なことをしたのです。
男性がいったん家に戻って、刃物や銃を持って再度仕返しにやってくる可能性があります。
これは大げさではなく、通常で考えられること。
そしてたまに起きていることです。
それからはソソクサと買い物を済ませるものの、そばにいたスロヴァキア人女性は
状況が呑み込めたらしく、店員に報告。
セキュリティの方々が来店です。
(私たちはさっさと車に向かいました)
このこと以来、娘はこのお店に行きたがりません。
近くて1番便利なのに、あの男性が仕返しにくるかもしれない・・
そう思うと怖くて仕方ないのです。
「パパのせいで、あのお店に行けなくなっちゃったじゃん」
勘違いとはいえ、主人も気の毒ですよね。
私は、顔も覚えられていて一層怖いですけど、近くて便利なので行ってます。^^;
車で。
店を出てから車に乗るまではメチャ早いですよ~。
一応の用心は必要ですからね。
いやいや、びっくりしました。
来年1月1日から、スロヴァキアではユーロが導入されます。
これまでの紙幣(コインはダメ)は、導入後2週間以内であれば交換が可能。
2週間ですよ。
前通貨が使用できるのは最初の1~2か月。
そして、交換期間が3~4か月。
っていうのが、導入プロセスって気がするんだけど、
2週間だけ !!
すごい強行だなー、って思うのは私だけ?
導入されたら、たくさんあるトラムやバスの自動券売機は、どうなる?とか
いろいろ心配はある。
国もそれなりに準備をがんばっているようで、先月ポストに封書がはいってました。
開けてみると、

ユーロとスロバキアコロナの変換ができる計算機です!
もちろん普通にも使えるよ。
これを全世帯に送っているらしい。
すごいよねー。
ちなみに1ユーロは301.26skkってことね。
で、今日はまた違うのがはいってましたよ。


説明書と一緒に2枚のカード。
素材はギラギラするやつで、裏にはユーロからスロヴァキアコロナへの変換表が1枚と、
もう1枚はスロヴァキアコロナからユーロへの変換表、になってました。
ほぉー、と感心。
そういや、アパートのエントランスにあるエレベータで、
計算機に「ハロー、ハロー」したり、ボタンに押しあてたりして遊んでる大人がいた。
面白いよね。^^
これまでの紙幣(コインはダメ)は、導入後2週間以内であれば交換が可能。
2週間ですよ。
前通貨が使用できるのは最初の1~2か月。
そして、交換期間が3~4か月。
っていうのが、導入プロセスって気がするんだけど、
2週間だけ !!
すごい強行だなー、って思うのは私だけ?
導入されたら、たくさんあるトラムやバスの自動券売機は、どうなる?とか
いろいろ心配はある。
国もそれなりに準備をがんばっているようで、先月ポストに封書がはいってました。
開けてみると、

ユーロとスロバキアコロナの変換ができる計算機です!
もちろん普通にも使えるよ。
これを全世帯に送っているらしい。
すごいよねー。
ちなみに1ユーロは301.26skkってことね。
で、今日はまた違うのがはいってましたよ。


説明書と一緒に2枚のカード。
素材はギラギラするやつで、裏にはユーロからスロヴァキアコロナへの変換表が1枚と、
もう1枚はスロヴァキアコロナからユーロへの変換表、になってました。
ほぉー、と感心。
そういや、アパートのエントランスにあるエレベータで、
計算機に「ハロー、ハロー」したり、ボタンに押しあてたりして遊んでる大人がいた。
面白いよね。^^
A病院に到着したものの、もう外は暗い。
病院入口もここでいいのか、それさえわからない。
入口にいたおじさんに、住所や病院の名前が書かれた紙を見せたところ
あっているらしいが、このあとどこにいけば言われた部屋に着くのか。。
救急口らしきところから入るとすぐに、さっき入れ違いにでてきた青年が
コーヒー片手に声をかけてきてくれた。
彼は英語を話すらしく、私たちを部屋の前まで案内してくれた。
ありがたい。
病室前には、子供やおじいさんやいろいろな人がいる。
もちろんここでも、ドアが開くのを待つ。
誰かが中から出てくるタイミングしかチャンスはない。
数十分して扉があき、とりあえず持っていた紙すべてを渡す。
その後、血液検査やらなんやらをうけることになった。
医者は英語を少し話すが、あまり人の話をきかないみたいで、
日曜から何も食べてない、って言ってるのに、昨日は何食べた?
今日は?って聞いてくる。 おぃおぃだよー。
外で血液検査の結果を待つように指示がでる。
だいたい40分から1時間とのこと。
・・・1時間経過。・・・2時間経過。
いっこうに呼ばれる気配なし。
途中状況確認するも、まだ結果がでてないとのこと。
時間と共に、入ってくる救急患者も、よっぱらいや、警官に囲まれた人など
ちょっと変わってきた。
さすがに3時間を過ぎたころから私も疲労がどっとでて、
座っていることさえできなくなった。
簡易ベッドで休ませてもらうものの、靴のままは当然。
布団はなく、メチャ寒い。
ここで寝たら、もう眼があけられなくなりそう。^^;
それから数十分後、消化器科の専門医が登場。
血液検査の結果をいつのまにか彼は知っていて、今の状態は悪くない、と告げられる。
が!!
明日、カメラをやりにまた来るようにとの指示。
また今夜も食事なし、点滴なし。
明日で4日目だよ。。
でも医者に従うしかない。
ため息をつきながら外を出た時には、もうすぐ22:00になるころだった。
家でひとりで留守番していた娘も心配だが、また明日のお願いを、
あちらこちらに しなくてはいけなくなった。
さすがに主人は3日も休めないのだ。
私の付き添い。
ハンナの守り。
タクシーの手配。
車の中でも息が抜けない。
******************************************
翌日。
今朝は歩くのさえままならなかった。
ひざにきている。
ちょっと音もあまり聞こえない。
息をしても、息が体にはいらないのだ。
食事には、興味がなくなっていた。
もう食べなくてもいいや、って感じ。 おそろしや。
8:20。朝早くから友人たちがかけつけ、助けてくれる。
そして私は再びA病院へ。
今日は、通訳の男性他付き添いが全部で3人もいてくれる。
そのおかげで、ゆうべは気付かなかったが、やたら大きいA病院で
迷うことなくカメラの部屋前につくことができた。
ゆうべの医者は消化器専門医のトップだそうだ。
が、
今日はいないとのこと。。
女医さんが対応。 英語は通じない。 スロヴァキア語とドイツ語のみ。
今回は通訳の男性がいるし、つきそってくれた女性は英語もドイツ語もペラペラなので
言葉の壁にぶつからずにすんだ。
カメラは結局、ちょっとみただけ。
ほんの5秒。
それ以上やるには、金曜日にまたきて予約をとり、来週やることになるそうです。
もういいよ。
ほんと、もういい。
昼過ぎには家に帰り、友人たちが私のためにおかゆをつくってくれたり
家族のためにスープを作ってくれたり、買い物してくれたりした。
そう、やっと食事。やっとよ。。
*****
今日は金曜日。
すごい勢いで回復中。
実際、腸の上部がどうなったのか気になることは気になるが
出血も月曜でとまってるし、なんてことなさそう。
早くお菓子食べたい。
・・・ねっ、大変でしょう。
何もかもが戦いです。 ふぅ~。
波乱万丈の私の人生。 あとどのくらいここにいるのやら。。
娘も6歳で海外にでて今は10歳。日本語があやしいです。
「お湯を張ってはいろう。」
「洗濯物をとりこんで」
こんな言葉は通じません。
もう、日本の通常の学校には戻れないでしょうね。
でも、日本でインターに・・なんてまた腹が痛むような金額。
あー、やっぱまだここかしら。。
はぁ~。
病院入口もここでいいのか、それさえわからない。
入口にいたおじさんに、住所や病院の名前が書かれた紙を見せたところ
あっているらしいが、このあとどこにいけば言われた部屋に着くのか。。
救急口らしきところから入るとすぐに、さっき入れ違いにでてきた青年が
コーヒー片手に声をかけてきてくれた。
彼は英語を話すらしく、私たちを部屋の前まで案内してくれた。
ありがたい。
病室前には、子供やおじいさんやいろいろな人がいる。
もちろんここでも、ドアが開くのを待つ。
誰かが中から出てくるタイミングしかチャンスはない。
数十分して扉があき、とりあえず持っていた紙すべてを渡す。
その後、血液検査やらなんやらをうけることになった。
医者は英語を少し話すが、あまり人の話をきかないみたいで、
日曜から何も食べてない、って言ってるのに、昨日は何食べた?
今日は?って聞いてくる。 おぃおぃだよー。
外で血液検査の結果を待つように指示がでる。
だいたい40分から1時間とのこと。
・・・1時間経過。・・・2時間経過。
いっこうに呼ばれる気配なし。
途中状況確認するも、まだ結果がでてないとのこと。
時間と共に、入ってくる救急患者も、よっぱらいや、警官に囲まれた人など
ちょっと変わってきた。
さすがに3時間を過ぎたころから私も疲労がどっとでて、
座っていることさえできなくなった。
簡易ベッドで休ませてもらうものの、靴のままは当然。
布団はなく、メチャ寒い。
ここで寝たら、もう眼があけられなくなりそう。^^;
それから数十分後、消化器科の専門医が登場。
血液検査の結果をいつのまにか彼は知っていて、今の状態は悪くない、と告げられる。
が!!
明日、カメラをやりにまた来るようにとの指示。
また今夜も食事なし、点滴なし。
明日で4日目だよ。。
でも医者に従うしかない。
ため息をつきながら外を出た時には、もうすぐ22:00になるころだった。
家でひとりで留守番していた娘も心配だが、また明日のお願いを、
あちらこちらに しなくてはいけなくなった。
さすがに主人は3日も休めないのだ。
私の付き添い。
ハンナの守り。
タクシーの手配。
車の中でも息が抜けない。
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翌日。
今朝は歩くのさえままならなかった。
ひざにきている。
ちょっと音もあまり聞こえない。
息をしても、息が体にはいらないのだ。
食事には、興味がなくなっていた。
もう食べなくてもいいや、って感じ。 おそろしや。
8:20。朝早くから友人たちがかけつけ、助けてくれる。
そして私は再びA病院へ。
今日は、通訳の男性他付き添いが全部で3人もいてくれる。
そのおかげで、ゆうべは気付かなかったが、やたら大きいA病院で
迷うことなくカメラの部屋前につくことができた。
ゆうべの医者は消化器専門医のトップだそうだ。
が、
今日はいないとのこと。。
女医さんが対応。 英語は通じない。 スロヴァキア語とドイツ語のみ。
今回は通訳の男性がいるし、つきそってくれた女性は英語もドイツ語もペラペラなので
言葉の壁にぶつからずにすんだ。
カメラは結局、ちょっとみただけ。
ほんの5秒。
それ以上やるには、金曜日にまたきて予約をとり、来週やることになるそうです。
もういいよ。
ほんと、もういい。
昼過ぎには家に帰り、友人たちが私のためにおかゆをつくってくれたり
家族のためにスープを作ってくれたり、買い物してくれたりした。
そう、やっと食事。やっとよ。。
*****
今日は金曜日。
すごい勢いで回復中。
実際、腸の上部がどうなったのか気になることは気になるが
出血も月曜でとまってるし、なんてことなさそう。
早くお菓子食べたい。
・・・ねっ、大変でしょう。
何もかもが戦いです。 ふぅ~。
波乱万丈の私の人生。 あとどのくらいここにいるのやら。。
娘も6歳で海外にでて今は10歳。日本語があやしいです。
「お湯を張ってはいろう。」
「洗濯物をとりこんで」
こんな言葉は通じません。
もう、日本の通常の学校には戻れないでしょうね。
でも、日本でインターに・・なんてまた腹が痛むような金額。
あー、やっぱまだここかしら。。
はぁ~。

