当日は日曜日。
観光客は何名か見かけたけど、店はほとんど閉まっている状態。
調べていったレストランも見付からず、とぼとぼと歩いた。
やっとみつけたレストランで、スープやらパプリカチキンやらを食べ、
そのまま火の見塔へ。

ここショプロンは第一次世界大戦敗戦後、オーストリアに属する予定だったが
住民投票によってハンガリーに帰属することを決めた街。
火の見塔の下部にある忠誠の門はその時に造られたという。

私達はこの塔内部を登った。
かなり急な階段。
上に行けば行くほど階段の幅は狭く、人ひとりが通るのがやっと。
だんだん作りも古さが増していき、いつ崩れてもおかしくないほど足場下はあやしい。
124段の階段を一気に上りつめ、展望台へ。
ここからはショプロンの街が見渡せる。



気持ちがいいー・・というより不思議な気持ちになった。
なんだろう。 ここはハンガリーなのか?みたいな。
何かハンガリーの中でも異国の臭いがしたのは気のせいだろうか。。
私達は、上ってくる人がいないことを確かめて下まで下った。
そして中央広場からの火の見塔。

写真中央と左側にある家は、中世の住宅として重要な文化財となっている。
シュトルノの家とラックネルの家。
実は、もう1軒その左側にも家があって(ファブリツィウスの家)、
この3つの家が有名。
ファブリツィウスさん、ごめんなさい、もれてしまいました
この広場に面して山羊教会が建っている。
13世紀に建てられたこちらの建物、すごい風格。重みを感じる。

えっ? なぜ山羊なのか?
当時、信者が飼っていた山羊が掘り当てた埋蔵金を寄付してできた教会だからだという。
もちろん山羊はいませんでした。>密かに山羊がいると思ってた私
ハンガリーには、すばらしい教会がたくさんある。
入りやすいところもあれば、そうでないところも。
教会に入るときは、入る前に帽子は取る。
大きな声で話しをしない。
これらは最低限のマナーとして守りたいところです。
(どこかの教会で、日本人が教会からつまみ出された、ということを聞きましたが、
恥ずかしい限りです)
教会は外から眺めました。
その風格に驚いたのもあるが、今にも崩れそうで怖かった、というのも本音。
そのまま私達は教会の横を歩き出した。

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観光客は何名か見かけたけど、店はほとんど閉まっている状態。
調べていったレストランも見付からず、とぼとぼと歩いた。
やっとみつけたレストランで、スープやらパプリカチキンやらを食べ、
そのまま火の見塔へ。

ここショプロンは第一次世界大戦敗戦後、オーストリアに属する予定だったが
住民投票によってハンガリーに帰属することを決めた街。
火の見塔の下部にある忠誠の門はその時に造られたという。

私達はこの塔内部を登った。
かなり急な階段。
上に行けば行くほど階段の幅は狭く、人ひとりが通るのがやっと。
だんだん作りも古さが増していき、いつ崩れてもおかしくないほど足場下はあやしい。
124段の階段を一気に上りつめ、展望台へ。
ここからはショプロンの街が見渡せる。



気持ちがいいー・・というより不思議な気持ちになった。
なんだろう。 ここはハンガリーなのか?みたいな。
何かハンガリーの中でも異国の臭いがしたのは気のせいだろうか。。
私達は、上ってくる人がいないことを確かめて下まで下った。
そして中央広場からの火の見塔。

写真中央と左側にある家は、中世の住宅として重要な文化財となっている。
シュトルノの家とラックネルの家。
実は、もう1軒その左側にも家があって(ファブリツィウスの家)、
この3つの家が有名。
ファブリツィウスさん、ごめんなさい、もれてしまいました

この広場に面して山羊教会が建っている。
13世紀に建てられたこちらの建物、すごい風格。重みを感じる。

えっ? なぜ山羊なのか?
当時、信者が飼っていた山羊が掘り当てた埋蔵金を寄付してできた教会だからだという。
もちろん山羊はいませんでした。>密かに山羊がいると思ってた私
ハンガリーには、すばらしい教会がたくさんある。
入りやすいところもあれば、そうでないところも。
教会に入るときは、入る前に帽子は取る。
大きな声で話しをしない。
これらは最低限のマナーとして守りたいところです。
(どこかの教会で、日本人が教会からつまみ出された、ということを聞きましたが、
恥ずかしい限りです)
教会は外から眺めました。
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